sacaiデザイナー、阿部千登勢ってどんな人?|サカイ

こんにちは。ブランド古着のKLDです。

独自の感性で唯一無二の表現をし続けるブランド、sacai(サカイ)。

ウィメンズ、メンズライン共に非常に人気で、国内外から常に注目を集めています。

デザイナーは、阿部千登勢さん。

現在の日本の女性デザイナーの中で1、2を争う実力のあるデザイナーです。

今回は阿部千登勢さんにフォーカスして、その人となりをご紹介したいと思います。

今回は、

  • sacaiってどんなブランド?
  • 阿部千登勢さんについて
  • sacaiを形作る要素について

という構成でご紹介していきます。

sacaiとは?


sacai公式Instagramより引用 sacaiofficial

sacaiは1999年に、デザイナーの阿部千登勢さんによって設立された日本を代表するファッションブランドです。

「日常の上に成り立つデザイン」をコンセプトに掲げ、メンズ、ウィメンズ共に展開しています。

異質な素材使いや独特で大胆なシルエットがsacaiの特徴で、特に異素材の組み合わせで前後の印象を変え、後ろや横からのアングルが美しく見えるデザインを得意としています。

ブランドがスタートした当初からニットアイテムの割合が多かった為、現在でもニットはバリエーション豊富に展開されているアイテムでありsacaiの特徴の1つです。

スタンダードなものを大切にしながらも、細部にまでアイデアや工夫が詰まったデザインが施されています。

そんな、よく見ると確かに分かる繊細な技術・こだわりが、sacaiのアイテムを手にした人に熱く支持されているブランドです。

デザイナー


引用 gxomens.com

sacaiのデザイナーである阿部千登勢さんは、1965年岐阜県生まれの女性。

1987年に名古屋ファッション専門学校服飾科を卒業後、大手アパレル会社のWORLDに入社し、アパレルの基礎となるいろはを学びながら2年間勤務します。

その後1989年にCOMME des GARCONS社に入社し、ニットウェアのパタンナーや企画を担当し、1992年に渡辺淳也さんのブランドJUNYA WATANABEの立ち上げに参加します。

沢山の経験を積み、1996年にはデザイナーである阿部潤一さんと結婚し、妊娠・出産という大きなターニングポイントを迎えます。

そして、1997年に出産・育児のため約8年間勤めたCOMME des GARCONSを退社し、子育ての道を選びます。

それから2年後の1999年に、夫の潤一さんの勧めもあり、自身のブランドであるsacaiを立ち上げることになり、今の千登勢さんがあります。

sacaiを形作るもの

仕立て屋の母

千登勢さんの母は仕立て屋で、仕事以外のときでもオリジナルの服や小物を作っては近所の人に販売などしていたそうです。

仕立て屋の母の元で育ち、幼い頃から身近にファッションを感じ、生活の中にミシンやアイロン、デザインがあることも千登勢さんにとってはきっと当たり前のような環境だったのでしょう。

幼い頃は人と同じような服装をするのを好まなかったようで、友達に真似されるとすぐにへそを曲げていたと言います。

また、ベルボトムを周りの子と同じように履きたくないからと母に頼んで、スリムなデザインにしてもらったり、高校生になると他のブランドの服を自分でミックスさせたりしていたそうです。

オリジナリティー溢れるファッションを着こなす千登勢さんは、地元では「奇妙な服装をしている」とちょっぴり有名人で、母には「一緒に歩きたくない」と言われたこともあるそうです。

とは言え、今の千登勢さんがあるのは、仕立て屋の母を持ち、幼い頃からファッションに強いこだわりを持ち、そして母親譲りの器用さがあるからではないでしょうか。

きっかけは三宅一生さん

千登勢さんがデザイナーを目指し始めたのは小学5年生の頃で、きっかけとなったのは、何気なく見ていたテレビに映し出されたISSEY MIYAKEのデザイナーである三宅一生さんでした。

その瞬間に「これになりたい!」と思ったそうで、その日から現在に至るまで、デザイナーという夢を変わらずに持ち続けてきたんだとか。

千登勢さんのファッションに対するこだわりが現れ始めたのも丁度小学生の頃だったようで、小学生の頃は、その年ではなかなか選ぶことの無さそうなフレンチカジュアルの「ドゥファミリィ」というブランドがお気に入りでした。


DO! FAMILY 94年のカタログより引用 do-family.co.jp

更に、中学生の頃はガーリーで可愛らしい洋服が並ぶ「MILK」というブランドを好み、幼い頃から周りと同じようなファッションをするのを嫌っていたようです。


MILK公式Instagramより引用 milk__official

デザイナーになるにあたり、特に自信があった訳ではないようですが、「私はファッションデザイナーになるのよ」という頑固たる意思は持っていたと言います。

両親からは上京することを反対されていたと言いますが、反対を押し切る形で上京し、デザイナーへの強い思いと共にファッション業界へと足を踏み入れて行ったのでしょう。

COMME des GARCONSでの経験

千登勢さんは、1989年に強く憧れていたCOMME des GARCONS社に入社を果たしました。

千登勢さんにとって、今のsacaiの世界観を作り上げるベースとなったものこそが、COMME des GARCONSでの「ファッションとは?」といった根本的な所から深く考えさせられる経験だったと言います。

入社した頃は、丁度デザイナーの渡辺淳也さんが自身のブランド「JUNYA WATANABE」を立ち上げようとしている最中で、千登勢さんもブランド立ち上げのチームに加わることになります。

JUNYA WATANABE 92AWデビューコレクション 引用 blogspot.com

そこでは、「世間が、ブランドがどうだといったものに全くとらわれずに、1から新しいものを生み出す」という徹底した姿勢を魅せられ、多くを学んだと言います。

当時、COMME des GARCONSが一番大切にしていたのが「オリジナルであること」だったそうです。

更に、ファッションをビジネスにすることや、ビジネスとクリエイティブのバランスをとることを学んだことによって、千登勢さんのsacaiの形作りが始まっていきました。

始まりは数少ない型から


sacaiファーストコレクションのニット。 引用 fashionsnap.com

sacaiを始めるとき、手編みのセーターを基本に内側にブラウスの生地をつけたり、後ろにゴムをつけたりして作ったのが3型でした。

そして、糸で輪っかを繰り返し作っていくニットと、縦糸と横糸を交差させて作っていく布帛をミックスさせるという考え方は3型を制作する時に生まれました。

sacaiの服は、「普通に畳めない」ことも特徴の1つですが、千登勢さんはそこに新しさを感じて3型を作るとき、型紙を使った立体的なニットなどを制作したのです。

その3型を気に入ったバイヤーさんからのリクエストで2型追加し、合計で5型がファーストコレクションになり、この数少ない型からsacaiが始まりました。

いたって標準的なシャツやVネックカーディガンなどに、エレガント性をプラスさせて着飾ることでsacaiの世界観を魅せているのです。

「どんなシーンでも心地よく、いつも日常の延長線上にあり、価値観そのものが新しいデザインで、sacaiの提案する新しいスタンダード」

10年以上経った今でも、ブランドが始まった当初からこの考えは変わっていないと千登勢さんは言います。

服作りへのこだわり

基本的に「自分が着たいと思えるもの、心から良いと感じるもの、他にはないもの」にこだわっています。

そして何より「sacaiらしい」と言ってもらえるように、テーマありきの服作りはしないことを意識していると言います。

現在も1シーズン毎に150型以上の全てのサンプルに袖を通し、とにかく自分が好むものでないと商品にはしないという徹底ぶりです。

千登勢さんはよく「あきらめるな」という言葉を使うそうですが、これは以前働いていたアパレル会社の、先輩方の素材調達や服作りへの執念であったようです。

その教えのお陰で千登勢さんには、納得いくものが見つかるまで世界中を探し回るくらいの「最後まであきらめない」精神が身に付きました。

コンセプト「日常の上に成り立つデザイン」は、”生きていく上で大切な事は沢山あって、日々変化する日常を過ごしている私たちが作る服”というsacaiらしさを表しています。

しかし、”日々目紛しい日常を過ごす中でも、どんなに大変でも諦めずに自分が着たい服を作る”そんな千登勢さんらしい意味もこの言葉の裏には隠れているような気がします。

夫の存在


夫・潤一さんのブランド、kolor。 引用 kolorofficial

千登勢さんは1996年にデザイナーの阿部潤一さんとの結婚後、妊娠や育児で会社に迷惑かけたくないという思いと、出産・育児に専念するために当時勤めていた会社を退社しました。

これまで自分の全てだった仕事を辞め、子どもを産んでからの生活はガラリと変わったそうですが、その期間で自分自身をリセットできたと言います。

それでも産後は、仕事を辞めたことへの後悔こそなかったものの、仕事から離れた寂しさが残っていたのか、子どもを産んだ自分と夫の潤一さんとの差に不公平さを感じていました。

そんな中、あるとき潤一さんにブランドの立ち上げを勧められた千登勢さんですが、当時は資本も支援者もなく、育児や家事もしなければならない状況でした。

しかし、やらない理由がたくさんある、だからこそ面白いかもと思った千登勢さんは、子育ての合間に早速服を5型編み上げてしまったんだとか。

結果的に5型しか作れなかったものの、潤一さんの「それでもいいじゃないか」という言葉に背中を押されブランドをスタート出来たと言います。

「sacai」というブランド名も実は潤一さんのアイデアだったそうで、支えてくれる夫の気持ちと共に千登勢さんとsacaiは成り立っているのではないでしょうか。

ここまで読んで下さった方へ

ここまで読んでくださりありがとうございました。

今回は、sacaiというブランドを形作るピースのような形で、デザイナーの阿部千登勢さんが持つ、様々な要素をご紹介しました。

千登勢さんがどのようなルーツやこだわりを持つ人物なのかが少しでも見えたのではないかと思います。

KLDでももちろんsacaiのお買取り強化をしています。

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