kolorデザイナー、阿部潤一ってどんな人?|カラー

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こんにちは。ブランド古着のKLDです。

「素材の魔術師」ともいわれるkolorのデザイナー、阿部潤一さん。

その呼び名の通り、デザインを手掛けるkolorは非常に素材にこだわり、国内のブランドの中でも唯一無二の存在感を放っています。

もちろん素材だけではなく、シルエット、生地の切り替え、色合い…などkolorの魅力はここだけでは語りつくせないのですが、今回はそんなkolorのデザイナー、阿部潤一さんにフォーカスして、その人となりをご紹介していきたいと思います。

今回は、

  • kolorってどんなブランド?
  • 阿部潤一さんについて
  • kolorを形作る要素について

という構成でご紹介していきます。

kolorとは?

kolor公式Instagramより引用 kolorofficial

2004年に、デザイナーである阿部潤一さんによって設立された、メンズ、ウィメンズ共に展開している日本を代表するファッションブランドです。

ブランド名の由来は、特別な意味はないそうですが、短くて耳馴染みが良い単語で、イメージできそうでできない名前として付けられました。

「素材、パターン、価格、時代性など色々な角度から見て一番良いバランスだと思えるもの、そして1つのアイテムで完成するもの。リラックスしたムードを持っていること。でも安っぽくないということ。」

これがコンセプトです。

カジュアルアイテムを中心に展開していて、色使いやフォルムは独創的で、糸から作り上げるオリジナルの素材使いはkolorの特徴の一つになっています。

潤一さんが手掛ける、他の人が真似できないような色使いや素材への評価は、日本だけに留まらず、海外からも高い評価を得ています。

デザイナー


引用 wwdjapan.com

kolorのデザイナーである阿部潤一さんは、1965年山形県生まれ。

新宿にある文化服装学院のアパレルデザイン科で3年間ファッションを学びます。

卒業後は、ファッションブランド「Y’s」に入社し、デザイナー志望だった為デザイナー候補として企画に配属され、スワッチ作りの業務をしたのち、レディースのパタンナーを担当します。

その後コムデギャルソンでの仕事なども経験し、1994年に、文化服装学院のアパレルデザイン科で同級生だった仲間3人と共にブランド「PPCM」を立ち上げ、1996年にデザイナーの千登勢さんと結婚します。

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2004年に、PPCMを解散し独立したのち、同年に自身のブランドである「kolor」を設立させました。

現在は30ヵ国もの場所でkolorのアイテムが取り扱われており、デザイナーとしても会社としても新しいことに挑戦したいと言う潤一さんの今後の活動は更に注目されることでしょう。

kolorを形作るもの

ここからは、kolorというブランドの核となる、デザイナーの潤一さんを形作るものを一つ一つ掘り下げていこうと思います。

デザイナーへの道

潤一さんの実家は呉服屋をやっていて、幼い頃からお洒落で美しいもの、ファッションに関連するものなどに、妻の千登勢さん同様に自然に触れられる環境にありました。

1人っ子だった潤一さんは、親や親戚から「あんたは大人になったら呉服屋を継ぐのよ」と言われ、自分でもそうなるものと思っていたそうです。

1980年代初めの潤一さんが高校生のだった頃は、DCブランドブームという、国内の高級ファッションブランドを身に付けるということが流行っていました。

潤一さんは当時、ニコルやジュンなどの高級ブランドを身に付け、その頃から服がとても好きだったそうです。

そんな経緯もあり、高校卒業後は東京へは行かず、ロンドンへ勉強のため旅立ちました。

ロンドンで自由な生活をする中で、一度は音楽関係やフォトグラファーの仕事も考えたようですが、最終的に改めてファッションの仕事をしようと決心し、ロンドンの人達に話を聞いたそうです。

しかし、「ファッションをやるなら日本の文化服装学院で学んだ方がいい」とアドバイスされ、結局1年で日本に帰国したんだとか。

日本に帰国した後は、文化服装学院で3年間ファッションを学び、その後たくさんの経験と共にファッションへの道を切り開き、自身のブランドを持つ有名なデザイナーへと登り詰めました。

素材使い

服作りで最もこだわっているのは「素材」だそうで、元々潤一さんの素材使いは評判でした。

その斬新な発想から「素材の魔術師」という異名がついています。

その名の通り、ダンボールニットやナイロン混のウールなど、非常に珍しい素材使いを生み出し、トレンドに流されない物作りが自慢です。

珍しい素材の一つであるダンボールニットという素材は、ダンボールのような断面になっていて、保温性に優れていて、ナイロンを繋ぎ合わせることで強度も抜群の素材で、kolorではよく使用されています。


ダンボールニットのプルオーバー 引用 flat.oneness-blog.com

また、潤一さんはその時に一番使いたい生地を使用するため、「今使いたい素材がトレンドとは真逆だっただけ」と、トレンドとは逆の素材を取り入れることも珍しいことではないようです。

そんなkolorの商品は世界各国で販売され、ヨーロッパブランドのアイテムとのコーディネートも格好良く決まるため、潤一さんの素材使いは海外でも高い評価を得ており、世界で「素材の魔術師」の虜が増えているのです。

色使い

もちろん潤一さんが操るのは素材だけではありません。

グレーやパープル、オレンジ、ブルー、ベージュ、そしてフューシャピンクやエンジなどの差し色が、kolorらしさを作り上げていきます。

潤一さんは、kolorらしさとは「配色のリズム」だと言い、必ず表地と裏地の配色はずらし、同じ色は使わないんだとか。

例えば、ジャケットの衿裏のカラークロスにグレーにグレーは使わず、衿を立てたときに色のリズムが出ることを考えて、ベージュやブルー、グリーンを合わせます。

よくkolorという名前から色にこだわりがあるのでは、と思われがちのようですが、実はあまり関係がなく、皆が知っている短い言葉を付けたかっただけだと言います。

しかし、人に言われて気づいたことがあり、潤一さんの扱う色は和菓子を思わせるような色合わせが多いのだそうです。

その理由はおそらく、実家が呉服屋で、色のサンプル帳や半襟の合わせなどを幼い頃から見て育ったからだと潤一さんは言います。

知らず知らずのうちに、呉服屋の血が潤一さんに受け継がれ、その色使いがkolorらしさというものを完成させたのでしょう。


複数の色を使っているのに散らかった印象にならないのがkolorの魅力。 引用 kolorofficial

リアルなショーで魅せる

kolorは、パリでの2017〜18年秋冬シーズンの発表を最後に、ショーを行っておらず、2021年春夏から再開する予定でしたが、コロナの影響で難しくなり、初めて映像という形での参加を経験しました。

音楽合わせや会場選びも含めて、世界観を作っていく緊張感は楽しかったと言いますが、同時にリアルなショーでなければ伝えられないものがある、と感じたそうです。

これまでずっとショー形式が採用されてきて、ひとつの形式に縛られるのは全くクリエイティブとは言えないのかもしれない、と思うこともあったと言います。

しかし、服は人が着て完成するものであり、人が着て、歩いて、素材がどのような動きをするのか、それを表現するのにショーを超える形式はないのかもしれない、と思う気持ちがあったそうです。

その一方で、新しい表現を考えようという思いも以前からあるようで、そういう意味では今回のコロナ禍は、新しい表現方法を考えるためには良い機会だったのかもしれません。

そんなkolorだからこその発想といえるエピソードですが、2022年春夏シーズンの「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」の一部として、京急線をkolorがジャック、走る電車の車内でショーをおこないました。

kolorの京急線ショーにについてはこちら

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コロナ禍によって様々なアプローチについて考える機会を得た潤一さん。

今後、kolorとしてますます面白い世界を見せてくれるのではないでしょうか。

前ブランドPPCM

PPCMは、1994年に文化服装学院のアパレルデザイン科を卒業した阿部潤一さん、森田晃功さん、渡辺拓さん、曽我さんの同級生4人によって創立されたファッションブランドです。

4人の頭文字から「M-A-W-S Design Productions」を設立した彼らは、それぞれイッセイミヤケや、コムデギャルソン、エヴーといった有名ブランドのデザイナー、パタンナー出身です。

PPCMではデザインテーマを決めず、その時のデザイナーの気分次第でデザインが変わる、言わば「気まぐれ」なブランドです。

独創性に磨きをかけられた、こだわりの素材使いや、確かな技術で作り出される斬新かつカジュアルなアイテムが好評でした。

こだわりが強いせいで、「生地の目が詰まり過ぎて針が通らない」と工場泣かせなブランドではあったようですが、それと同時に、ある種の異彩を放つ面白いブランドであったことも間違いないようです。

そんなPPCMというブランドは、2004年に4人の解散と共に無くなってしまいました。

しかし素材開発などにおいて、kolorの中でPPCMでのこだわり、経験などが生き続けているのではないでしょうか。

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ここまで読んで下さった方へ

ここまで読んでくださりありがとうございました。

今回は、kolorというブランドを形作るピースのような形で、デザイナーの阿部潤一さんが持つ、様々な要素をご紹介しました。

潤一さんがどのようなルーツやこだわりを持つ人物なのかが少しでも見えたのではないかと思います。

KLDでももちろんkolorのお買取り強化をしています。

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