アントワープ・シックスとは?
引用fashion-headline.com
こんにちは。
ブランド古着のKLDです。
ベルギーの「アントワープ王立芸術アカデミー」。
80年代の後半にアカデミーを卒業したデザイナー6人組がコレクションを発表、そこから彼らは「アントワープ・シックス」と呼ばれ、ファッション業界に革命をおこしました。
今回は、
- アントワープ・シックスとは?
- アントワープ王立芸術アカデミーについて
- 当時のロンドンコレクションについて
- 次世代への影響
- 各デザイナーのその後の活動
という形で、「アントワープ・シックスとは?」ということについてお話していきたいと思います。
現代のファッションシーンに多大な影響を与えた有名デザイナーグループであるアントワープ・シックス。
「改めて知りたい!」という方、ぜひご覧ください。
目次
アントワープ・シックスとは?
左から:マリナ・イー、ドリス・ヴァン・ノッテン、アン・ドゥムルメステール、ダーク・ビッケンバーグ、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク、ダーク・ヴァン・セーヌ 引用nytimes.com
「6人は学生時代から仲が良くて、毎日夜はパーティーしていたよ。ドレスアップして、それこそ原宿のスタイルを見習ってね」
ダーク・ヴァン・セーヌの発言より引用fashionsnap.com
アントワープ・シックスは、ベルギーの名門、「アントワープ王立芸術アカデミー」出身の6人の著名なファッションデザイナーを指す通称です。
このグループは、当時のモード界に革命をもたらし、ベルギーをファッションの中心地の一つとして確立しました。
具体的なメンバーは以下のとおりです。
- Dries Van Noten(ドリス・ヴァン・ノッテン):色彩感覚と美しいプリントで知られるデザイナー。
- Dirk Bikkembergs(ダーク・ビッケンバーグ):スポーツウェアとハイファッションの融合で評価される。
- Walter Van Beirendonck(ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク):ポップな作風とその中にある強い思想が特徴。
- Ann Demeulemeester(アン・ドゥムルメステール):ゴシックとロマンチックな要素を併せ持つスタイルで人気。
- Marina Yee(マリナ・イー):職人的でアーティスティックなアプローチが特徴。
- Dirk Van Saene(ダーク・ヴァン・セーヌ):アートとファッションの境界を模索するデザイナー。
更に、一部ではMartin Margiela(マルタン・マルジェラ)もこのグループに含め、7人として言及されることも多くあります。
彼らがデザイナーとしての活動を始めた80年代半ば、ベルギーという場所はファッションの発信地としてはあまり注目されておらず、「ベルギーのファッションデザイナー」として活動していくことは、今から想像するよりもずっと難しいことだったそうです。
そういった背景から、彼らはデザイナーとして生き残っていくためにグループを組み、「アントワープ・シックス」として活動していくことにしました。
何しろその頃は、それぞれの名前の発音すら海外では馴染みがなく、読まれにくいということもあったそうで、「アントワープ・シックス」という分かりやすい名称がそういった意味でも助けになったようです。
彼らは、1985年のロンドンファッションウィークに参加し、ショー形式での発表などをおこないました。
そこで注目を集めたことをきっかけに、彼らは1990年代のファッションシーンに多大な影響を与え、その後も世界中のデザイナーやブランドに多くのインスピレーションを提供していくことになります。
メンバーの1人であるダーク・ビッケンバーグ氏曰く、彼らはグループとして行動してはいましたが、それぞれがデザイナーとして作りたいビジョンは全く別で、それぞれが別の方向を向いているような集団だったそうです。
誰かが誰かになりたがったり、強い影響を受けて作風が変わってしまうということではなく、あくまで1人1人のデザイナーが集まって行動を共にしているグループであり、確かにそれは彼らがそれぞれ立ち上げたブランドの個性的な様子を見ても分かることといえます。
アントワープ王立芸術アカデミーについて
アカデミーの入場ゲート前 引用magazine.antwerpen.be
アントワープ王立芸術アカデミーは、ベルギー・アントワープに位置する伝統的な美術学校です。
1663年の設立以来、多くの著名なアーティストやデザイナーを輩出してきました。
特にファッション学科は、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズやニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインと並び、世界三大ファッション学校の一つとして知られています。
アントワープを拠点にするデザイナーたちは、独特なアプローチやスタイルで「アントワープ派」と称され、世界的な影響力を持っています。
彼らの活躍により、アントワープは国際的なファッションの中心地となりました。
毎年6月中旬には学校主催のファッションショーが開かれ、多くのファッション関係者や報道陣が集まります。
2019年卒業制作ショーより 引用fashionsnap.com
卒業生には、アントワープ・シックスのメンバーやRaf Simons(ラフ・シモンズ)、Kris van assche(クリス・ヴァン・アッシュ)、Demna Gvasalia(デムナ・ヴァザリア)といった著名デザイナーがいます。
美術の分野では、現代アートの巨匠として知られるヤン・ファーブルやルク・タイマンスも同校の出身。
また、フィンセント・ファン・ゴッホも一時期このアカデミーで学んでいました。
日本からも多くの才能あるデザイナーが学び、MIKIO SAKABE(ミキオ・サカベ)やTARO HIRIUCHI(タロウ・ホリウチ)などの著名デザイナーが卒業しています。
当時のロンドンコレクションについて
アントワープ・シックスが1台のバンにコレクションを詰め込んでロンドンファッションウィーク(ロンドンコレクション)に参加したのは1985年のこと。
当時のアントワープは、パリやロンドン、ミラノのようなファッションの中心地としての地位はありませんでした。
その背景からアントワープ・シックスは、地元・アントワープではなく、ロンドンでのコレクション発表を選択しました。
ちなみにロンドンコレクションは1984年開始で、イベント自体がこの頃まだ始まったばかりでした。
彼らの登場初期、多くの関心はすでに人気が確立されたデザイナー、Vivienne Westwoodや、新進気鋭のデザイナーとして注目され始めていたJohn Gallianoに向けられていました。
Vivienne Westwood(1982AW) 引用dollar.jp.net
John Galliano(1984) 引用overduemagazine.com
こういった既に注目されていたデザイナーは、発表の場として最も注目を集めやすい一階席を割り当てられ、そこでコレクションを発表。
その一方、アントワープ・シックスには注目度の低い6階席が割り当てられ、そこではなかなか注目を浴びることができませんでした。
しかし、彼らはその状況を打破するために、自分たちで宣伝用のチラシを印刷。
そのチラシを会場を歩き回りながら配布するなどして、結果的にBARNEYS NEW YORKのバイヤーの目を引きつけることに成功しました。
バーニーズのバイヤーは、彼らのコレクションを目にしてその場で6人の作品をバイイングしたそうです。
こうしてバーニーズに採用されたことがメディアで取り上げられることで、アントワープ・シックスの名前は世界に広がりました。
こうして、当時ほぼ無名だったアントワープ・シックスがロンドンコレクションで注目を集めたことは、アントワープをファッションシーンにおいて重要な都市として位置づけるだけでなく、当時のロンドンコレクションの活性化にも寄与したと言われています。
次世代への影響
アントワープ・シックスのメンバーたちによるファッション業界への革命的な影響は、デザインの面でも、教育の面でも後の世代に及んでいます。
特に現在、母校であるアントワープ王立芸術アカデミーで教鞭を取るウォルター・ヴァン・ベイレンドンクやダーク・ヴァン・セーヌは、新たな世代のデザイナーを育成し、その才能の継承を担っています。
ウォルターはこれまでアカデミーの学長を務めており(2023年に退任)、その下で学んだウィル・ニームス、ラフ・シモンズ、ベルンハルト・ウィルヘルムらは、今や独自のブランドを持ち、国際的にもその才能が称賛されています。
ラフ・シモンズ 引用seventietwo.com
一方、数々のアシスタント経験を積んだ後、独立してブランドを立ち上げるデザイナーも少なくありません。
特筆すべきはA.F.VANDEVORST(A.F.ヴァンデヴォースト)。
このブランドは、アン・ヴァンデヴォーストとフィリップ・アリックスという二人のデザイナーが共同で活動しています。(2022SSシーズンで終了)
A.F.VANDEVORST 引用fashionnetwork.com
学びの場として、アン・ヴァンデヴォーストはドリス・ヴァン・ノッテンの元で、フィリップ・アリックスはダーク・ビッケンバーグの元で修行を積みました。
さらに、ドリス・ヴァン・ノッテンが後ろ盾となり、その支援の下でブランドをスタートさせました。
ドリスの支援を受けたブランドでいえば、ANGELOFIGUS(アンジェロフィギュス)なども挙げられます。
このようにアントワープ・シックスのメンバーたちは、自らの経験や知識を次世代に引き継ぐことで、ベルギーのファッション業界の発展に大きく貢献しています。
各デザイナーのその後の活動
グループでの活動を通してデザイナーとして名を挙げ、それぞれに活躍し始めたアントワープ・シックス。
グループとしての活動を徐々に終え、各々が独立したデザイナーとして躍進していきました。
ここではそれぞれのメンバーのその後を簡単にまとめていきます。
Dries Van Noten (ドリス・ヴァン・ノッテン)
1981年のアントワープ王立芸術アカデミー卒業後、1985年に自身のブランド「DRIES VAN NOTEN」を設立。
DRIES VAN NOTENは1986年のロンドンコレクションの成功を経て、1989年にアントワープでフラッグショップをオープン。
1991年にはパリのメンズコレクションに参加。
彼の活動は多岐にわたり、前述のように、A.F.VANDEVORSTやANGELOFIGUSのデビューにも影響を与えました。
彼がアントワープでオープンした初のフラッグショップは、現在も訪問者の注目の的となっています。
DRIES VAN NOTENとして長く自己資金で経営をおこなう独立メゾンとして運営してきましたが、2018年、株の過半数をスペインのプーチ(PUIG)社へ売却。
それでも尚、現在もクリエイティブディレクター兼会長としてドリス氏がブランドのデザインを担当しています。
Dirk Bikkembergs (ダーク・ビッケンバーグ)
1981年卒業コレクションにて当時最高記録である成績で卒業し、翌年からフリーのデザイナーとして活動していました。
1984年からジャンポール・ゴルチエから指導を受け始め、1985年には最も有望な新人デザイナーに贈られるゴールドスピンドル賞を受賞。
1986年ロンドンにて靴のコレクションを発表しました。
この活躍でファッション業界での地位を確立し、1987年にニットを中心としたメンズコレクションを発表。
1988年にはアントワープ6の中で一番早く、フルラインをパリで発表しました。
その後はレディースラインやカジュアルライン、ジーンズ等の多くのコレクションを展開しました。
現在はデザイナーを引退。
ファッション業界とは距離を置き、自由な生活を送っているそうです。
Walter Van Beirendonck (ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク)
1986年のロンドンコレクションでは自身のブランドを率いつつ参加。
この活躍を経て企業の支援を受けることができ、1993年から1999年はW&L.T.(Wild&Lethal Trash)というブランドでパリでコレクションを発表しました。
パリへの参加で更なる注目を集めた彼は2001年に「WALTER VAN BEIRENDONCK」を設立。
ファッションのみならず、彼の多様な才能は、コミックの出版や「U2」の衣装デザインなど、さまざまな分野に及びます。
現在はアントワープ王立芸術アカデミーでの指導にも力を入れており、ウィル・ニームスやラフ・シモンズなどの才能を育て上げています。
Ann Demeulemeester (アン・ドゥムルメステール)
1981年にアカデミーを卒業後、1985年に自身のブランド「ANN DEMEULEMEESTER」を立ち上げ、ロンドンコレクションに参加。
1996年にはカルチャーアワードを受賞し、1999年にアントワープでショップをオープンしました。
その後は東京表参道での出店やメンズコレクションへの参加、アーカイブラインの発表と活躍の幅を広げ、2013年に自身のブランドでのデザイナーを辞任。
辞任後は自身のキャリア本の発売や、陶磁器やガラスでの造形を行っています。
Marina Yee (マリナ・イー)
1988年にアントワープ・シックスから離れた後の活動が長く不明であったこともあり、一際謎の多い存在として知られていた彼女。
しかし、1999年以降はさまざまなプロジェクトに関与し、2019年には自身のブランド「Marina Yee」を立ち上げています。
メンズの古着を再構築するシリーズなどが人気で、職人的なこだわりのあるアイテムを多く展開。
彼女のデザインは35年以上のキャリアを持つ彼女独自の世界観が詰まっており、多くのファッション愛好者から注目を集めています。
Dirk Van Saene (ダーク・ヴァン・セーヌ)
引用lecho.be
1981年卒業後、彼は自身のブランド「Dirk Van Saene」を設立。
1986年のロンドンコレクションでの成功を経て、ファッションだけでなく陶器や絵画など、多岐にわたるアート活動もおこなっています。
現在はアントワープ王立芸術アカデミーでの指導や、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクとの共同経営、自身のブランドのデザインやショップ経営など、さまざまな分野での活動を展開しています。
Martin Margiela (マルタン・マルジェラ)
1988年に「Maison Martin Margiela」を設立し、パリのファッションシーンで瞬く間に名を馳せました。
自身のブランドだけではなくHERMESのデザイナーを兼任するなど、精力的に活動。
華やかな当時のファッションシーンにおいて、無駄をそぎ落とし、衣服の構築そのものを見つめ直すような革新的なデザインを展開。
その影響力はファッション業界を大きく動かしました。
現在、Maison Martin Margielaはジョン・ガリアーノがディレクターに就任し、「Maison Margiela」という名称に変更され、運営しています。
マルジェラ本人は、2008年に自身のブランドを退いてからはファッション業界から姿を消しています。
なお、メディアに素顔を出さないことでも知られており、有名でありながら顔を知られていないデザイナーという側面も持っています。(ドキュメンタリーフィルムにおいても本人出演は声や手のみに留めています。)
ここまで読んでくださった方へ
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
現代のファッションシーンを形作った重要な存在であるアントワープ・シックス。
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